第 66 回 日本病理学会東北支部学術集会(JSP −TN) 抄録データベース
A05
演題名 甲状腺腫瘤病変の診断のコツと注意点
             ―良悪性の鑑別について―
仙台市立病院 病理科
長沼 廣
症例の概要・問題点
 癌病変は初期の増殖性病変から前癌病変,上皮内癌,早期癌,進行癌と多段階過程をとる.一方甲状腺癌には,前癌病変の概念はなく,腺腫様甲状腺腫内癌,濾胞腺腫内癌などの診断をすることもない.腫瘍一般には良悪性鑑別の困難病変や良性と悪性の中間に位置するものを境界病変とする場合があるが,甲状腺病変では良悪性はきっちり区別されている.しかし,甲状腺腫瘤病変における良悪性の鑑別が難しい例も多々ある.教科書的な診断基準をもとにして,過去の経験から診断のコツと注意点を述べてみたい.

1)過形成性病変と癌の鑑別診断;甲状腺で見られる過形成性変化にはバセドウ病,腺腫様甲状腺腫,甲状腺ホルモン合成異常による過形成がある.一般に甲状腺過形成病変は前癌病変とは考えられていないが,乳頭状過形成を示すときには乳頭癌との鑑別が必要になる.過形成性病変内の異型細胞,乳頭構造を示す病変の良悪性の鑑別点について述べる. 症例1:58歳 女性 6cm大の境界明瞭な単発腫瘤の一部
症例2:46歳 女性 1cm大の境界明瞭な単発腫瘤

2)濾胞性腫瘍の診断の難しさ;濾胞性腫瘍は濾胞構造を示す甲状腺腫瘍と定義され,腺腫と癌に分けられる.細胞異型,核分裂,腫瘍内壊死では良悪性の鑑別は困難である.濾胞癌には?被膜浸潤,脈管侵襲を認める微小浸潤癌,?明らかな広範浸潤癌,?明らかなリンパ節転移や遠隔転移を伴う濾胞癌が区別される.被膜浸潤のみを見る濾胞癌は非常に予後良好で,境界悪性に相当するとも考えられる.濾胞癌の診断の難しさ,注意点について述べる.
症例3:82歳 男性 多発性結節の中の3cm大の腫瘤
症例4:82歳 女性 2cm大の境界明瞭な単発腫瘤

3)乳頭癌の亜型診断と前癌病変の有無;乳頭癌の亜型には濾胞型,被包型,大濾胞型,好酸性細胞型,びまん性硬化型,高細胞型,篩型がある.いずれも清明核,核溝,核内封入体などの特徴的核所見が重視される.しかし,これらの核所見がすべて明らかであるとは限らない.特に濾胞型,大濾胞型乳頭癌の診断に苦慮することがあり,良性病変の一部に乳頭癌様核所見を見る場合は境界悪性,前癌病変と診断したくなることもある.亜型診断の問題点,前癌病変や境界病変の有無について述べる.
症例1:58歳 女性 6cm大の境界明瞭な単発腫瘤の一部
症例5:82歳 女性 多発性結節の中の4x2cm大の腫瘤

4)混乱する低分化癌の診断;低分化癌は,高分化型癌(乳頭癌,濾胞癌)と未分化癌との中間的な形態像,および生物学的態度を示す濾胞上皮性悪性腫瘍と定義されている.所見に索状,充実性,島状構造が挙げられるが,まだ診断基準にばらつきがある.組織構造上は低分化成分の像を示しながら,浸潤などの悪性の生物学的増殖態度を示さない症例を低分化癌と診断するのかどうかなどまだ問題が多い.低分化癌の診断の問題点について述べる.
症例6:52歳 女性 2.5x1cm大の境界明瞭な単発腫瘤

5)見逃せない未分化癌の診断;甲状腺癌は全体的に予後良好であるが,未分化癌は極端に予後不良である.一般的に長年経過した分化型癌,低分化癌を基盤に未分化転化を来す.高齢化が進む現在,高齢者の大きな甲状腺癌では,偶然微小な未分化癌を見る例もある.たとえ微小な未分化癌でも術後早期に再発,転移を来すので,未分化癌を見逃さないようにすることが重要である.当院で経験した30例の未分化癌をもとに注意点を述べる.
症例7:73歳 男性 多発性結節の中の3cm大の境界明瞭な腫瘤

6)甲状腺腫瘍の迅速診断の必要性;甲状腺腫瘍の術前診断には超音波検査や細胞診が有用である.したがって,細胞診の結果,悪性が疑われた場合や画像上悪性を疑い,細胞診で悪性の確診が出来ない場合は迅速診断が必要になる.迅速診断で濾胞癌を診断するのは非常に困難で,乳頭癌ではないことを診断するのみである.未分化癌の存在の有無も迅速診断の少ない切片では難しい.迅速診断の必要性について述べる.