第 66 回 日本病理学会東北支部学術集会(JSP −TN) 抄録データベース
A03
演題名 乳腺腫瘍性病変の生検診断とピットフォール
 【過剰または過小評価になりやすい乳腺病変の病理】
川崎医科大学病理学2・現代医学教育博物館
森谷 卓也
症例の概要・問題点
 乳腺疾患は病理組織学的に多彩であり,その良性病変と悪性腫瘍が鑑別対象となることがしばしば経験される.最近では低侵襲的な診断法として,穿刺吸引細胞診に加えて針生検法(吸引式を含む)が広く用いられるようになり,また術中迅速診断で乳癌手術における切除断端の評価を行う施設も多く見られ,日常診療において良悪性の判定に苦慮する症例も決して少なくはないのが実情と思われる.
 このような状況をふまえ,今回,悪性と過剰判定されやすい良性疾患,あるいは良性と過小評価される危険のある癌を中心に,5症例を呈示する.良性疾患三つはいずれも,乳癌取扱い規約の次回改訂(第16版,2008年秋発刊予定)の際に掲載が決定している組織型である.いずれも,新たな分類として提唱された理由の一つには過剰評価を防ぐ意味が込められているようである.2種類の癌は,規約に掲載の予定はないが,是非知っておいていただきたい疾患である.

1.乳管腺腫 Ductal adenoma: 別名を硬化性乳管内乳頭腫sclerosing intraductal papillomaともいう.すなわち,乳管内乳頭腫に間質の線維化(硬化)を伴った病変を指す.間質変化によりしばしば内腔が閉塞して充実性腫瘍の如くにみられる場合や,乳管分岐に沿って病巣が拡がるために複数の乳管に病変が存在し,それらが集簇して腫瘤を形成しているようにみられる場合もある.この疾患が過大評価されやすい理由は2つある.一つは高頻度に出現するアポクリン化生上皮に核腫大や核小体肥大などを伴い,癌細胞と誤認しやすいこと,もう一つは硬化性間質部に腺管が侵入して偽浸潤を起こすために浸潤癌と間違いやすいことである.前者は,アポクリン化生や異型核が病変の部分像であること,後者は二相性の保持(浸潤様上皮胞巣辺縁に筋上皮が残存:免疫組織染色も有効)と膠原線維の走行に沿った腺管の配列(反応性線維化の欠如)の確認が重要である.

2.腺筋上皮腫 Adenomyoepithelioma:名前の如く,腺上皮と筋上皮の二種類がともに腫瘍性増殖を示す良性腫瘍である.但し,稀にその一方或いは両者が悪性化することも報告されている.分葉型,管状型,紡錘細胞型などに分けられるが,亜分類の意義は乏しい.この疾患も,腫大した筋上皮(しばしば細胞質が淡明で広い)が癌と間違えられたり,偽浸潤を認めることがあるため,その存在を知っておくべき腫瘍である.免疫組織学的に二種類の細胞が増殖していることを確認する(筋上皮マーカーには様々なものがあるが,p63は筋線維芽細胞や血管壁に陰性であり,陽性所見が核に得られるため有効である.他にもう一つ細胞質染色性のあるマーカーを付加すると良い).なお,本疾患に含めるべきか迷う症例もあるが,良性であることが認識できればまずは十分と考える.悪性筋上皮腫は,核異型が強いことや核分裂像が多いことなど,明らかな悪性所見を有している.

3.乳腺症型線維腺腫 Fibroadenoma, mastopathic type (注:欧米ではcomplex typeなどといわれる):従来,線維腺腫と診断されればその組織学的亜型分類にはあまり重要な意義はないものと考えられてきた.しかし,このタイプの線維腺腫では,線維腺腫内に乳管過形成を伴うと非浸潤性乳管癌と,硬化性腺症が併存すると浸潤性乳管癌と誤認する恐れがある.特に針生検標本での診断は必ずしも容易ではないことがある.従って,その存在を良く認識して鑑別診断に臨む必要がある.特に乳管過形成併存例は,一見低悪性度の非浸潤性乳管癌と見間違うこともあるが,異型過形成併存として経過観察をおこなった文献でも,通常の線維腺腫の予後と大差はないことが報告されている.診断のためには線維腺腫内の病変であることを認識することが重要である.年齢的特徴に加えて背景の間質が浮腫・粘液腫状を取ることが多いので,参考にすると良い.

4.神経内分泌型の非浸潤性乳管癌 Endocrine DCIS (solid and papillary DCIS) : 過小評価されがちな癌のうち最も重要なものとして,神経内分泌分化を伴うsolid and papillary typeの非浸潤性乳管癌が挙げられる.我々が引き受ける病理診断コンサルテーションの中で最も頻度が高いタイプの癌である.神経内分泌型DCISとsolid and papillary は全く同じものではないが,多くの場合重複して認められる.拡張した乳管内に,線維血管性の細い樹枝状間質介在を伴って乳頭状病変が見られる.上皮はその内腔に充実性増殖を示し,内部には管腔構造も残存している.良性と誤認されやすい最大の理由は,細胞配列や核所見が細胞ごとに多彩であることにあり,乳管内乳頭腫と判断されてしまう.すなわち,癌における「構成細胞の均質性」は低異型度DCISには良く当てはまるが,最も頻度が高い中等度核異型のDCISではpleomorphismの出現によって形態が多様化して見えてしまうことが問題である.本組織型においては,特徴的構造(solid and papillary)に加えて,細胞学的特性(細胞は形質細胞様,ときに紡錘形で,細胞質はやや好酸性・顆粒状,ときに“細胞質内“粘液を産生)が診断への鍵となりうる.間質に接する上皮にも筋上皮の介在(二相性の保持)は乏しい.神経内分泌マーカー(chromogranin A, synaptophysinなど)の陽性所見,細胞質内粘液(AB-PAS両染性)の存在は,診断の決め手となりうる.なお,一般にDCISにおける二相性(筋上皮)の欠如に関しては例外も多く,絶対的な鑑別の指標とはなりにくい.最近では高分子サイトケラチン(CK5/14など; CK5/6や34BE12が用いられることもある)の染色パターンによる鑑別(癌では筋上皮以外は陰性・まれにびまん性陽性,過形成では全体がモザイク状陽性)が参考になることも報告されている.

5.背景に粘液瘤様腫瘍 Mucocele-like tumor(MLT)を付随するDCIS:MLTは,口唇や虫垂の粘液瘤の如く,破綻した腺腔から間質に向かって粘液が漏出した状態を指す.画像診断では,超音波では拡張乳管あるいは小嚢胞の集合として,マンモグラフィでは粘液内に存在する石灰化が反映されて認められる.穿刺細胞診では粘液が吸引されるので,粘液癌とも鑑別を要する.本疾患は,当初は良性疾患として報告されており,破綻以外の部分を覆う上皮は異型に乏しく,二相性も保持されているが,一部の症例では異型上皮や癌(DCIS)を付随することも明らかにされてきた.一部の例ではさらに,微小な浸潤巣を併存している症例も見られた(規約上は乳頭腺管癌,TNM分類ではT1mic相当).東北公済病院における経験では,2003-2007年9月に細胞診を行った乳腺病変(検体適正例11089例)の1%(112例)がMLT疑いとされた.生検は55例に実施され,少なくとも25/55例(45.5%)で上皮に異型が見られたが,合併DCIS(注:癌が存在すれば診断名は「背景にMLT変化を併存したDCIS」である)はいずれも低乳頭状・核異型軽度であった.なお,純型の粘液癌47症例中では,16例(34%)にMLTが付随していた.MLTは画像診断の発達により遭遇頻度が徐々に増している疾患であり,生物学的特性も含めさらに検討を要する.