第 62 回 日本病理学会東北支部学術集会(JSP −TN) 抄録データベース
スライドセミナー 01
演題名 悪性リンパ腫疑い症例の病理診断(亜型分類を含む)を確定するためのMORE-test
出題者および所属
東北大学大学院医学系研究科 血液病理学
一迫玲(ryo@mail.tains.tohoku.ac.jp)
症例の概要・問題点
 臨床的に悪性リンパ腫及びその類縁病変が疑われて生検された組織の病理診断については,現在も形態学的観察がその基盤をなしていることにいささかの揺るぎはないものの,近年は臨床情報に加えてフローサイトメトリー・染色体分析・遺伝子解析等の多角的解析の結果を総合して判断することが「悪性リンパ腫の診断学」においては既に必須となっている.

しかし,それはWHO分類の理念でもありながら,依然として「悪性リンパ腫の診断はHE標本と免疫組織化学で十分である」といった著しい誤解や偏見等が病理医のみならず臨床医の間にもまだ少なからず存在している.

演者は,医師の間におけるそのような意識や理解等の乖離現象を「HiatusD/D」と名付けており(文献:内科86:465, 2000),それは名古屋大学(前・愛知県がんセンター)の鈴木律朗助教授らに支持されている(内科 96:201, 2005).

 今回のスライドセミナーでは,当該病変のHE標本を形態学的に観察した場合,主診断や亜型分類の確定に至るために必要となる追加検索等
(Morphology-Based Test Modification:「MORE-test」と略記←演者による造語)について,2005年6月から11月まで(6ヶ月間)に経験した209例から10例(表1)を選んで解説する.
ただ,目的はあくまでもMORE-testの意義と必要性を理解してもらうことにあるためあえて年齢と性別以外の臨床所見等は記載せず,MORE-testとして次に(a) 何を追加検索として実施すべきか,または(b) どのような臨床情報が必要になるのかという2点について,それらのHE標本を観察しながら考えていただきたい(表2・表3参照).
 

表1. 配布標本リスト
番号 (経験月) 患者名略記 年齢 性別 採取部位
No.1 (11月) H.Mn 81歳 腸骨
No.2 (11月) C.Ms 77歳 甲状腺腫瘍
No.3 (9月) S.Ys 46歳 鎖骨上リンパ節
No.4 (8月) S.Ay 73歳 頚部リンパ節
No.5 (8月) S.Yk 81歳 胸水(セルブロック)
No.6 (8月) E.Mt 72歳 肺腫瘍
No.7 (10月) H.Sn 54歳 鎖骨上リンパ節
No.8 (6月) Y.St 44歳 後腹膜腫瘍
No.9 (10月) T.Fm 59歳 皮下腫瘤
No.10 (9月) O.Tk 60歳 ソケイリンパ節

表2. MORE-test各項目の必要度レベル(「表3」中におけるLevel欄)
Leyel ?: 病理診断・亜型分類・phenotype・geneotypeの確定に必須となる項目.
Level ?: 以下のような状況下で必須になり得る項目.
(1) 亜型分類に苦慮する場合.
(2) 治療方針の決定やその後のモニタリング,予後評価等に有用な情報を得たい場合.
(3) 対外発表(口頭ないし誌上)を想定する場合.
Level ?: 状況が可能であれぱ実施することに問題はないし何らかの付加的情報は得られることは多いが,「診断を主目的」とした場合には必須と言い難い項目.そのため,血液病理医や血液内科医の間でも実施の必要性について意見が2分し得る.
Level ?: 研究的な色彩がかなり濃いものの,ある程度は診断等にも役立つ情報が得られる項目
[通常の検査センターで実施可能(SKY法, microdisection 法等)].
Level ?: 完全な研究項目[特殊な装置ないし環境等が必要(microarray, CGH, single cell PCR等)].

表3. MORE-testの種類
No. HE標本の観察で疑われる病態等
(1・20は概ねWHO分類順)
Level 検索対象や内容 [手技・方法]
1 CML患者におけるリンパ球系腫瘍 ? BCR/ABL遺伝子 [FISH/サザン/RT-PCR]
2 顆粒球肉腫 ? MPO [免疫組織化学/追加FCM]
? 高電子密度の顆粒 [電顕]
3 B細胞リンパ腫 ? CD20 [FCM/免疫組織化学]
?/? IgH特異的primerの作製
4 リンパ芽球性リンパ腫 ? TdT [免疫組織化学]
? MIC2(CD99)やCD34等 [免疫組織化学]
5 CLL⇔他のB細胞性リンパ腫 ? FMC7,CD79b/CD22,CD23 [追加FCM]
6 Hairy cell leukemia⇔他のB細胞性リンパ腫 ? TRAP [特殊染色/免疫組織化学]
? hair [ギムザ染色/位相差顕微鏡/電顕]
7 Plasma cell neoplasm ? 免疫グロブリンの発現 [免疫組織化学]
? 表面抗原(CD45,CD20,Ig等)の脱落 [FCM]
? CD10,CD56,EMAの発現 [FCM/免疫組織化学]
? cytokeratin [免疫組織化学]
? 発達したrough ERの観察 [電顕]
8 濾胞性リンパ腫 ? follicular dendritic cell [免疫組織化学]
? BCL2遺伝子 [PCR/FISH*/サザン]
? 転座BCL2遺伝子(MBR)陽性細胞の定量 [PCR]
9 節外性marginal zone lymphoma ? MALT1遺伝子の関与 [PCR/FISH*]
10 反応性⇔marginal zone lymphoma,
反応性⇔濾胞性リンパ腫
? bcl2蛋白 [免疫組織化学]
11 CD5+DLBCL⇔mantle cell lymphoma ? cyclinD1(蛋白レベル) [免疫組織化学]
? IgH/cyclinD1融合遺伝子 [FISH*]
12 pyothorax-associated lymphoma ? EBV [サザン/PCR/in situ hybridization]
13 primary effusion lymphoma ? HHV8 [PCR]
? c-MYC遺伝子 [サザン]
? EBV [サザン/PCR/in situ hybridization]
14 Burkittリンパ腫 ? Ki-67陽性率 [免疫組織化学]
? c-MYC遺伝子 [サザン]
15 NK細胞性腫瘍など ? EBV [サザン/in situ hybridization]
16 NK細胞性リンパ腫⇔T細胞性リンパ腫 ? TCRβ遺伝子 [サザン]
17 ATLL(特に高抗体価の場合) ? HTLV-?/integration [サザン]
18 angioimmunoblastic T-celllymphoma ? EBV [サザン/PCR/in situ hybridization]
19 ホジキンリンパ腫 ? EBV [in situ hybridization]
20 FCMでphenotype不明 ? 各種の抗原 [免疫組織化学]
21 B細胞性リンパ腫でのT系抗原の発現 ? 同一細胞上での抗原発現 [相当する抗原の2重染色FCM]
22 3q27・9p13転座 ? それぞれBCL-6遺伝子・PAX5遺伝子 [サザン]
23 複雑な染色体異常 ? 転座様式 [SKY]
24 T・B系腫瘍のサザン解析で再構成バンド無 ? 再検討 [別の制限酵素によるサザン/PCR]
25 特殊な造血器系腫瘍 ? 特徴となる構造・抗原発現等 [免疫組織化学や電顕など]
26 結核性病変** ? 結核菌(蛋白レベル) [Ziehl-Neelsen染色/Auramine染色]
? 結核菌(遺伝子レベル) [PCR]
27 癌の転移/非造血器系腫瘍** ? 特徴となる抗原発現等 [免疫組織化学/特殊染色]
?/? desmosomeの観察 [電顕]
* パラフィンブロックでも可能(No.8,9,11: 成功率=7・8割程度)
** サザン解析を中止する(N0.26,27)

註1) 上記を実施するかどうかについては病院の登録時に関係者間で打ち合わせる.
註2) 検体量が少ない場合などは実施できないことがある.