第 58 回 日本病理学会東北支部学術集会(JSP −TN) 抄録データベース
演題番号 06 区分 B. 典型的・教育的・その他の症例
部位/臓器 腹膜,後腹膜及び関連組織 後腹膜
演題名 後腹膜原発の淡明細胞肉腫と考えられた一剖検例
出題者および所属
1) 秋田大学医学部病理病態医学講座 分子病態分野・腫瘍病態学分野
2) 秋田大学医学部感覚器学講座 皮膚科学・形成外科学分野
3) 市立秋田総合病院病理部
山本 洋平1,西川 祐司1,吉田 正行1,西村 拓哉1
李 慶昌1,石崎 康子1,2
東海林 琢男1,大森 泰文1,長門 一2,安齋 眞一2
眞 鍋求2,提嶋 眞人3,榎本 克彦1
症例の概要・問題点
症例 25歳,男性
主訴 右腋窩部腫瘤
既往歴・家族歴 特記すべきことなし
経過 2002年12月中旬,疼痛を伴う右腋窩部の腫瘤が出現し,近医での生検の結果,
悪性神経鞘腫が疑われた.2003年2月初旬,秋田大学医学部附属病院整形外科
で腫瘍切除,リンパ節廓清が行われた.病理組織学的検査で悪性黒色腫と診断
され,全身検索のため同皮膚科に転科した.皮膚に原発巣は見出されなかった
が,腹部CTで後腹膜腫瘤およぴ腹部臓器への多発転移が認められた.淡明細胞
肉腫の診断で,DAV-Feron療法が開始された.4月初旬に退院し,経過観察され
ていたが,胸部X線で肺転移巣の出現およびその増加が確認された.5月21日に
イレウスで緊急入院し,絶食・輸液管理となった.また,塩酸モルヒネ持続静
注による疫痛管理が行われた.6月2日に多発性脳転移による痙攣発作が出現し
た後,急速に全身状態が悪化し,6月6日に永眠された.
剖検肉眼所見
1) 全身の皮膚,粘膜に著変なし
2)腫瘍性病変
      右後腹膜腫瘤(16cmx10cmx7cm)
          右大腰筋の腱と腱膜に接する被包化された弾性硬の腫瘤.割面は灰
          白色で,出血・壊死を伴っていた.
          多発性結節性病変
          両側肺,肝,膵,脾,甲状腺,左副腎,左腎,回腸,S状結腸,横
          隔膜,大網,腹膜(直腸膀胱窩).
      リンパ節転移
          両側鎖骨上窩,両側腋窩,傍大動脈,膵周囲,腸間膜など.
3)両側気管支肺炎(肺重量: 左440g; 右550g)
4)腹水(淡血性, 1250ml)
配布標本 手術時摘出された右腋窩組織(#1)と剖検時採取された後腹膜腫瘍(#2)

問題点 原発巣および病理診断について
考察 本症例は,右腋窩部の軟部腫瘤として発見され,生検で紡錐形もしくは類円形細胞の増殖がみられ,これらの一部がS-100に陽性であったことからmalignant peripheral nerve sheath tumor (MPNST) と診断された.一方,右腋窩部腫瘤の切除材料では,腫瘍細胞の少なくとも一部が著明なメラニン産生を示し,S-100,HMB45ともに陽性であることから悪性黒色腫と診断された.皮膚に明らかな原発巣がみられないことから,軟部組織原発の悪性黒色腫,すなわちclear cell sarcomaが疑われ,その後の精査で,原発巣と考えられる巨大な右後腹膜腫瘍と全身に多発する転移が認められた. 剖検では,被膜様の結合織で包まれた右後腹膜腫瘍および全身性の多発性転移結節が確認され,後腹膜原発の腫瘍と考えられた.しかし,これらの腫瘍にはメラニン産生は全く認められず,免疫組織学的にはごく一部の腫瘍細胞にS100陽性所見がみられたのみで,HMB45は陰性であった.このように剖検時に得られた腫瘍は,原発巣,転移巣いずれもMPNSTとの鑑別が困難な組織像と考えられた.しかし,存命中に行われた右腋窩腫瘤の切除材料で明らかな悪性黒色腫の組織像が存在したことを考慮して,後腹膜に発生し,全身に転移したclear cell sarcomaと最終診断した. 本例と同様に,clear cell sarcomaは原発巣でメラニン産生が明らかでなくとも,転移巣において高度のメラニン産生を示すことがあるとされている (Chung and Enzinger, Am. J. Surg. Pathol. 7:405-413, 1983).また,本例ではMPNSTとの鑑別が問題となったが,悪性黒色腫またはclear cell sarcomaが転移巣においてMPNSTと区別できないような組織像を示すことがあり,このような場合,多くの症例で典型的な皮膚病変を伴わないことが報告されている (King et al., Am. J. Surg. Pathol. 23:1499-1505, 1999).さらに,悪性黒色腫の原発巣においてもMPNSTと紛らわしい組織像がしばしば出現することが指摘されている (Diaz-Cascajo and Hoos, Am. J. Surg. Pathol., 24:1438-1439, 2000).従って,S-100陽性の悪性軟部腫瘍が見出された場合,たとえ皮膚病変が存在しなくとも悪性黒色腫の可能性を念頭におき,多くの病変から十分なサンプリングを行い,病理組織学的,免疫組織学的に詳細に検討する必要があると考えられる.
最終病理診断 Clear cell sarcoma, 後腹膜原発
画像1 画像2
生検された腋窩腫瘤の組織像 後腹膜腫瘤の肉眼および組織像